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地震の新指標「長周期地震動階級」とは (2)

防災豆知識

こんにちは、管理人のアカツキです。今回取り上げる防災お役立ち情報も引き続き「長周期地震動について」です。

前回の記事では、長周期地震動とは何か?ということと、それがどのような被害をもたらすかを指標化した長周期地震動階級について実例を取り上げながら見てきました。

今回は長周期地震動階級がどのようにして作られていったのか、その経緯を追っていきます。さらに長周期地震動階級についてその中身を詳しく知ることができるかと思います。前回の記事はこちらです。

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長周期地震動階級ができるまでの道のり

早速気象庁においてどのような取り組みが行われてきたのかを見ることにしましょう。まずはその全容を確認します。

長周期地震動に関する議論の経緯
長周期地震動に関する議論の経緯

それぞれの会議名と開催期間 (かっこ内の名称は私が勝手に短縮したものです)

(1) 長周期地震動に関する情報のあり方検討会(情報のあり方)
2011年(平成23年)11月14日~2012年(平成24年)3月27日 全4回

(2) 長周期地震動に関する情報検討会(情報検討会)
2012年(平成24年)10月22日~2019年(平成31年)3月12日 全14回

(3) 長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ(予測技術検討WG)
 2013年(平成25年)9月18日~2015年(平成27年)2月20日 全5回

┗(4) 多彩なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ(予測情報検討WG)
 2017年(平成29年)3月15日~2019年(平成31年)1月17日 全5回

(注)(3)と(4)は、(2)の下に設置

こちらは2011年(平成23年)から2019年(平成31年)まで、実に八年間の長きにわたって行われた専門家による四つの検討会の履歴です。この場において長周期地震動に関する知見やその階級の制定、情報の利活用について議論が交わされてきました。

資料や議事要旨は全て公開されており、私も全部の資料に一応目は通してみたものの内容が難しくあまり理解は出来ておりませんけれども、検討会で様々な情報を集積して知見を見出し、長周期地震動に関する基準がこのようにして決められていったのだという流れ的なものを少しは感じることができたかなと思います。

以下は私個人の整理も兼ねていますが、それぞれの検討会においてどのようなことが話し合われたのか、そのアウトラインだけでも述べていきたいと思います。長周期地震動に関する理解の一助になれば幸いです。またそれぞれの会議名称は、先の図表で使用した短縮したものも併用していきます。

(1) 長周期地震動に関する情報のあり方検討会

南海トラフ地震でも心配される長周期地震動

始まりの会議である情報のあり方検討会ですが、ちょうど開催時期が2011年(平成23年)となっていて東北地方太平洋沖地震後に開催された検討会でした。

長周期地震動の特徴として、大きな規模の地震ほど強くなることなどがありましたが、当該の地震はまさにそのような状況が現れた事例でもありました。そして心配されるのが、南海トラフで起こる地震です。政府の地震本部によれば、今後30年以内にM8~9クラスの地震が70~80%の確率で起こるとされています。

前回の記事で見てきた通り、長周期地震動による被害は震度では表現できないものであり、南海トラフ地震による被害はこの点も考える必要があることはかねてから指摘されていたようです。将来発生するのが確実視されている巨大地震を前にして、防災情報を発信する気象庁としては、長周期地震動に関しての議論を行うことは必然のことだったのではないかと思います。

そして南海トラフ地震との関連を感じさせる資料として印象に残ったのは、次のものです。

長大構造物の立地状況

長大構造物の立地状況
気象庁「長周期地震動に関する情報のあり方検討会(第1回)の概要について
会議資料3「長周期地震動に関する情報の作成・提供の目的と方向性(案)」12ページ *PDFファイルです

こちらは検討会の第1回で議論の方向性を問いかけた資料ですが、長周期地震動による影響を受けやすい建築物(長大構造物)の立地状況を示した図になります。その分布はおおむね日本の太平洋側に多く見られ、いわゆる太平洋ベルトと呼ばれる工業地帯になっており、通常の地震動においても非常に深刻な被害が予想されているところです。

検討会の報告によれば、長大構造物とは
「おおむね固有周期が1~2秒程度以上の構造物」
を指しています。構造物の種類として

  • 高層ビル
    (おおむね14、15階建て以上のもの、固有周期1~8秒程度)
  • 石油タンク
    (国内最大径は100m程度で固有周期は最大で20秒程度)
  • 長大橋
    (斜張橋や吊り橋で支間長100m程度以上のもの、固有周期は最大20秒程度)
    (注:最大25秒の橋もありますが、地震動よりも風の影響が大きいと見られ、20秒程度と見積もられました)

を挙げています。また報告には免震構造を取り入れた建築物についての記述もあります。数秒の固有周期を有するために長周期地震動についての影響を考えているようです。

捕捉 (1)
斜張橋(しゃちょうきょう)とは?
回答 (1)

ケーブルを塔から橋桁に直接繋いで斜めに張った橋のことです。

捕捉 (2)
支間長(しかんちょう)とは?
回答 (2)

支承(ししょう)の中心間距離を指します。橋は次の画像のような構造になっていて、上部構造の重みを下部構造に伝えるための部品が支承と呼ばれます。

橋の名前と役割
橋の名前役割について
出展 長岡地域振興局 地域整備部「橋の基礎知識」長岡ドボク図鑑 for Kids

参考までに、南海トラフ地震についての長周期地震動については内閣府において検討が行われており、報告書が公表されています。その報告資料のうち、検討した揺れを長周期地震動階級に適用した場合の結果が別冊④に掲載されています。

南海トラフ地震で予想される長周期地震動階級

南海トラフ地震で予想される長周期地震動階級
内閣府 「南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告」について
別冊④長周期地震動の推計結果~長周期地震動による地表の揺れ~」14ページ *PDFファイルです

この図から、階級3や4が東京、大阪、名古屋の三大都市圏だけでなく広い地域に現れていることが分かります。長周期地震動階級はあり方検討会の時点では作成されておりませんでしたが、こうして巨大地震の検討に用いられていることを見るに、客観的にその地震の影響の大きさがクリアになったように思います。同時に通常の地震動だけではなく長周期地震動にも気を付けなければならないことが読み取れるのではないでしょうか。

長周期地震動の特性を洗い出し

以上の背景があって行われた本検討会では、長周期地震動に対して様々な課題が洗い出され、整理されていきました。大きくは次の点に集約できるでしょう。

  • 長周期地震動の特徴
    • 震度との関係性
    • 長周期地震動によって影響を受ける構造物
    • 揺れの実態調査
      (東北地方太平洋沖地震や他の地震による高層ビルや石油タンクなどの被害)
  • 長周期地震動による揺れの尺度や評価方法の検討
  • 発表する情報(予報、観測情報)の方向性(役割・考え方・提供方法(Push型、Pull型))

最初の特徴についてはすでに見てきたところではありますが、一つ付け加えるならば揺れの実態調査についての部分です。この調査には東北地方太平洋沖地震について、地震発生時に東京都内や大阪府内の高層ビルにいた人達への聞き取り調査が含まれています。

報告書には資料も添付され詳細が事細かに記載されていますが、その概要としては次のようなものだったということです。

【揺れの感覚】

  • 船に乗っているような感じ
  • 最初円をかくようになって、次第に大きく回る感じ
  • 足元の床が無くなるのではないか、というような感じ


【揺れの長さ】

  • 非常に長かった
  • いつ終わるとも知れなかった


【行動の困難さ】

  • 物に掴まりたいと思った
  • 物に掴まっても立っていられなかった
  • 椅子から降りて這いつくばった


【恐怖感】

  • 死ぬほど怖かった
  • 悲鳴が聞こえた
  • ガタガタという揺れに比べ、特に怖さは感じなかった
  • 他の証言
    • 過去経験の無い揺れだった
    • スライド式書架が左右に大きく移動し、ぶつかり合う音が大きく響いていたことが怖かった
    • 揺れの長さが恐怖感に繋がった


【生理的な状態】

  • 船酔いのようになって、吐き気がするなど、気分が悪くなった


出展 気象庁 長周期地震動に関する情報のあり方検討会長周期地震動に関する情報のあり方 報告書」11ページ

これらの証言は、長周期地震動の揺れが一般的な地震動とは異なることを裏付けているように思います。特にその揺れ方ですが、船に乗っているような感じというのが印象深いです。報告書には同じように形容されている証言もいくつか見られました。とにかく長い横揺れだった、というような証言もありました。

長周期地震動はその波の周期が長いのですから、たとえば建物の固有周期が5秒くらいであれば、5秒おきに揺れのピークがやってくるということになります。そのピークからピークに向かって足元が移動するのですから体感的には確かにそのように感じられるかも知れません。

情報のあり方はどうあるべきか?

「長周期地震動による揺れの尺度や評価方法の検討」や「発表する情報の方向性」についてですが、前者はいくつか有効とされる解析方法がまとめられています。

一方後者については長周期地震動に関する情報その内容について、基本的な考え方(役割)が示されました。

【長周期地震動に関する情報の基本的な役割】

  • 震度と同様、被害や揺れの大きさについて、住民、施設管理者、防災関係機関に共通して理解される分かりやすいものとする。
  • 機能(利用者の行動)は、それを見聞きし即自的にどのような防災対応を執るべきかの判断に役立つ情報として、また日頃の備えの目安として語られる情報として、現行の地震情報と同様や役割を想定する。


【長周期地震動に関する情報の内容についての基本的な考え方】

  • 建物内の家具等の転倒・人の行動しにくさなどを一般にも分かり易くし、かつ、すでに一般にも十分に浸透している震度情報との関係性を可能な限り確保する。
  • 速やかに発表する内容は、非常時の情報過多による混乱を与えない範囲で最小限のものに抑える。


出展 気象庁 長周期地震動に関する情報のあり方検討会長周期地震動に関する情報のあり方 報告書」22ページ

長周期地震動に関する情報は、高層ビルや石油タンクなどへの影響が大きいのですから、住民はもちろんのこと、ビルの管理者など幅広い関係者にも伝わるようなものであることが求められます。

そのような観点から発表する情報は、すぐに速報的に配信されるもの(Push型情報)と施設管理者がより専門的な情報を取得できるように、より詳細な情報を提供するもの(Pull型情報)の二段階に分けて発表することも提言されています。

しかし、現状でさえテレビやラジオなどで緊急地震速報が出て震度情報が表示され、場合によっては津波警報まで発表されるようなことが起こり得るのに、長周期地震動に関する情報も追加されると緊急時において発表される情報が多すぎて、それらを受け手がしっかりと消化できるのか?というとなかなか難しいところがあると思います。そういったことも考慮しての基本的な考え方だと見ています。

こうして本検討会においては、長周期地震動に関してその課題が抽出されることとなりました。そして発表する情報の基本的な考え方が示されたことから、その中身について具体的な検討が引き続き行われることとなりました。それが次の検討会である情報検討会になります。

(2) 長周期地震動に関する情報検討会

最も多く開催された検討会

あり方検討会で見出された課題を検討すべく、次の検討会が開催されました。それが長周期地震動に関する情報検討会です。この会合は全14回と関連する部会で最も多く開催されています。

さらに第4回で一度会議を区切り、平成24年度報告書を発表してからは、(3)予測技術検討WGを本検討会下に設置してその結果をフィードバックして第12回までの検討結果を平成28年度報告書として発表しています。

また第12回終了後には(4)予測情報検討WGを同じく本検討会の下に設置して、第13回および最新の第14回において(4)の報告などが評価されています。

ですので検討会は(1)→(2)と引き継がれ、(2)の下に(3)と(4)があるような構図になっています。

長周期地震動に関する指標を決定

平成24年度報告書までの第1回~第4回の会議では、あり方検討会で提言された「長周期地震動に関する情報」について検討が行われました。

まず決められたことは、長周期地震動を評価するための指標です。長周期地震動が発生した場合、気象庁は観測した情報を発表します。それを住民が受け取ってやって来る揺れに備えたり、ビル管理者などが波形データを確認したりしてビルの居住者に警戒を促したりすることが想定されます。

そのためには地震の波形を分析して、ここで長周期地震動による大きな揺れが起こるおそれがあるという予報を出す、といった一連の防災行動を行う必要があります。そのためには、どのように分析するのか?といったところが重要になってきます。

あり方検討会でも少しこの分析方法について議論がされていましたが、建物の揺れを合理的に表現できる手法ということで応答スペクトルが採用されることとなりました。応答スペクトルにはいくつか種類があるのですが、その中でも絶対速度応答スペクトル(Sva、Spectrum(スペクトル) Velocity(速度) Absolute(絶対)の頭文字と思われます)が適当とされました。

ここで応答スペクトルという専門用語が出てきましたが、長周期地震動階級は応答スペクトル無しには語れません。私も今回の記事を書くまで申し訳ないのですが存じなかったものですから、色々調べてみましたが、建築関係、特に設計に携わる人たちの間では建築物の耐震設計を行うにあたり欠かせないツールのようです。

さて応答スペクトルについてですが、その用語の意味をまず見ていきます。応答とはあるものに対して行った入力によって出力された反応の時間的な変化、と言えるでしょうか。要は何かをした時に返ってきた反応ということです。

あるものとは何でも良いのですが、たとえば車を運転してアクセルを踏むと車は加速しますよね?これってアクセルを踏むことでエンジンの回転数が上がるのでそれが動力軸に伝わってスピードが出るということなんですが、このアクセルを踏むということが入力に当たります。

あるシステムに対して操作を行うということです。そしてエンジンの回転がそれに伴って上昇した、これが出力に当たります。その過程にある回転数上昇までの車内部の制御動作の一部を見ても出力と取れますし、結果的にスピードが出てその時の速度がメーターに表示されることを出力と見ても良いと思います。アクセルを踏むとメーターの針(最近はデジタル式も多いですね)が上がっていきますが、これを時間とともに見るとそのスピードの変化がグラフとなって描けると思います。それが入力に対する出力の変化、応答と言えるでしょう。

では長周期地震動についての応答とは何かということですが、入力は地震動になります。その揺れが建物に入ってくると建物は揺れだしますが、その揺れ方が出力になります。そして出力として考えられるのが、変位、速度そして加速度の三つです。このモデルとして用いられるのが1質点系モデル(あるいは1自由度系とも呼ばれ、振り子を逆さにしたようなものを考えます)と呼ばれるものです。

建物が揺れると床が揺れますが、ある場所を基準にすると、少しずれると思います。そのずれが変位です。床がずれると言うことは、そこまで床が移動したということです。移動するためにはが必要です。その力は揺れによって与えられ、床の移動方向に加速度が生じ、床が動きます。その速さと方向が速度です。つまり揺れという入力に対して変位と速度と加速度の三つが出力として生じたということになります。この時間的な変化が応答になります。

ではスペクトルとは何か?ということですが、あるものに含まれている成分を分解して成分ごとに並び替えたもので、図などで表され、その図そのものをスペクトルと呼ぶこともあります。

先ほどフーリエスペクトルというものが出てきていましたが、あれは波の周期ごとに含まれている成分の強さを示しています。スペクトルは色んな所で使われている用語で結構意味合いが分かれているとは思いますが、ここではその成分について、建物の固有周期を考えています。

そして応答スペクトルとは、先ほどの三つの応答値について、建物の固有周期ごとにそれぞれの最大値を取ってグラフ化した図を指します。最大値、というのがポイントです。それぞれ

  • 変位応答スペクトル Sd
    (変位に対応、dは変位を意味するdisplacementから)
  • 速度応答スペクトル Sv
    (速度に対応)
  • 絶対加速度応答スペクトル Saa
    (加速度に対応、最初のaは加速度のacceleration、次のaは絶対の意)

と呼ばれます。加速度が絶対になっているのは、地面の加速度(地動加速度)と建物の加速度が合算されていることによります。となると相対スペクトルも考えられて、相対を意味するrelativeのrを取ってSvrなどと表されそうですが、実際に下に出てきます。とりあえず応答スペクトルの概略はここまでにしておきます。

一方で本検討会では高層ビル内での揺れに対してさらに調査が行われ、揺れの大きさの程度がどのくらいになると人が行動しにくくなるのかが分かってきました。

人の行動の困難さに関する調査結果

人の行動の困難さ等に関する調査結果 (1)
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会
長周期地震動に関する情報検討会 平成24年度報告書別添資料2(11ページ) 原論文:文献(5)

人の行動の困難さ等に関する調査結果(2)

人の行動の困難さ等に関する調査結果 (2)
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会
長周期地震動に関する情報検討会 平成24年度報告書別添資料2(11ページ)

上の二枚の図は、いずれも東北地方太平洋沖地震を経験した高層ビルで行ったアンケート調査の結果です。実測された揺れの最大速度に対して揺れの体感(行動の難かしさ)を表しています。報告書にはさらに多くの資料が掲載されていましたが、その中で代表的なものを取り上げました。

一枚目の図では縦軸の最大速度が20cm/sを超えたあたりで、歩いたり動いたりすることに、やや支障があったという回答が増えています。そして大体60cm/sを超えてくると立っていることができなかったとより行動が難しくなったことが読み取れます。ちなみにこれは前回の記事にもありましたが、縦軸、横軸ともに対数目盛が使われている両対数グラフになります。目盛りの間隔が通常のグラフとは異なる点にご注意ください。

そして二枚目の図では最大速度、最大加速度について同様な調査をした結果がまとめられています。こちらでは最大速度が50cm/sを超えてくると立っていることが困難、這いつくばる支えれば立っていられるが、動けないが占め、さらに速度が大きくなると前者のみになることが分かります。

一方で最大加速度を見ますと最も行動が難しい立っていることが困難、這いつくばるがどの固有周期についても出現しています。この点から、報告書では揺れによる人の行動の困難さは、各階で観測された最大加速度よりも最大速度の方が分離しやすいことが分かったと結んでいます。

このような調査結果から、長周期地震動の評価には応答スペクトルの中でも、建物の床そのものの揺れの大きさを示す絶対応答スペクトルであり、固有周期と最大速度床応答の関係である絶対速度応答スペクトルを採用することになりました。そしてその速度にしきい値を設けました。このしきい値ごとに定められたのが長周期地震動階級です。

長周期地震動階級と絶対速度応答スペクトルとの関係
長周期地震動階級関連解説表

(上) 長周期地震動階級と絶対速度応答スペクトルとの関係(下) 長周期地震動階級関連解説表
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会
長周期地震動に関する情報検討会 平成24年度報告書別添資料1(9~10ページ)

長周期地震動階級と絶対速度応答スペクトルとの関係

長周期地震動階級と絶対速度応答スペクトルとの関係(グラフ)
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会 長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ(第1回)
資料1「長周期地震動に関する観測情報(試行)について」3ページ *PDFファイルです

前回の記事では長周期地震動階級のイラスト版を示しました。しかしてその大元の内容は情報検討会で決められたものなんですね。そして押さえておきたいポイントは、階級を決定する最大速度は、スペクトル内の固有周期の特定の値に対する速度が対象ではなく、対象とする固有周期内における最大値であるということです。ちょっとややこしいですが、応答スペクトル自体が最大値の集まりであるので、この場合は最大速度の中の最大速度、ということですね。

長周期地震動階級の発表基準

長周期地震動階級を決定する速度の考え方
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会
第1回 資料2「PUSH型情報の発表に用いる解析手法、発表基準、情報内容」11ページ *PDFファイルです

ここまでの話を総合すると次の二枚ということになります。何とも料理番組のようですが、よくまとまっていましたので・・・。

長周期地震動階級を求める (1)

長周期地震動階級を求めるには (1)
出展 気象庁 「緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加することに関する参考資料
参考資料」(7ページ) *PDFファイルです

長周期地震動階級を求める (2)

長周期地震動階級を求めるには (2)
出展 気象庁 「緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加することに関する参考資料
参考資料」(8ページ) *PDFファイルです

(3) 長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ

長周期地震動を予測する方法は?

情報検討会で長周期地震動階級が決定されたことを受けて、次の取り組みが始まりました。それが長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ(予測技術検討WG)です。

情報検討会において、長周期地震動の指標として絶対速度応答スペクトルを採用し、その大きさによって階級値が設定されました。このことは、長周期地震動に関する情報を発表するにあたって基礎を作ったことになります。

ではその基礎を作った上で次に考えることは、地震が発生した場合、どの場所に階級値に達するような長周期地震動がやってくるかを速やかに周知することです。そしてそのためには正確に長周期地震動の階級を予測できるような技術が必要になってきます。

本WGではその予測技術に関する検討が行われました。大きな流れは次のようになっています。

  1. 予測技術の選定(距離減衰式)
  2. 距離減衰式の選定

すでに片鱗が出ているかとは思いますが、この部会の資料には様々な数式が登場してきます。それだけ地震動を分析して係る被害の軽減に寄与しようと多くの先行研究が行われてきたことの証左でもあると思いますが、さすがにその全部を追うことは難しいので、流れに沿ってポイントを見ていくことにしましょう。

予測技術の選定(距離減衰式)

まず先行研究から大きく二つに分けて①緊急地震速報で推定した震源とマグニチュードからSvaを求める方法②実際に観測したデータから予測対象観測地点(観測点)の階級を求める方法が提案されました。

前者は予測結果の算出が早く、後者は実際に観測されている波形を用いるので精度が高まるなどのメリットがあります。そして検討の結果として、①の中でも距離減衰式と呼ばれる数式を用いた方法が採択されることとなりました。

検討会の資料では議事録ではなく議事要旨のみの公開になっていて、具体的な選定の過程を断定できませんが、議事要旨のやり取りを見るに観測点の充実の度合いによる予測精度の担保や速報性、全国一律の情報提供という観点から前者に決定されたようです。

距離減衰式の選定

予測の方法として距離減衰式を用いることとなりましたが、この式もすでに国土交通省や中央防災会議など政府内での検討に使用されているものがあり、3種類の式が検討候補に上がりました。

三つの距離減衰式

三つの距離減衰式
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会 第6回
資料1-2「長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ報告書」3ページ *PDFファイルです

(補足)
建築研式と防災科研式はSaaを求めています。ここで図には疑似速度応答スペクトルpSva(pは疑似を意味するpseudoから)を算出とありますが、Saaを固有周期で割るとpSvaになる関係があり、検討ではpSvaをSvaと見なしています。また、内閣府式は先に少し触れた相対速度応答スペクトルSvrを求めており、それをSvaと見なしているとの注意書きが資料同ページに記載されています。

これらの式について実際の地震データを入力し、観測された長周期地震動の階級と計算による階級予測値との一致度合いを予測適合度という評価指標にして検証が行われました。少し補足すると、予測適合度とは

予測適合度の考え方

予測適合度の考え方
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会 第6回
資料1-2「長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ報告書」6ページ *PDFファイルです

で赤枠(ピンク色の部分)で囲まれた階級の予測値と観測値との差が±1の範囲になる割合を見ています。また対象となる地震は2007年(平成19年)10月から2013年(平成25年)12月にかけて緊急地震速報(警報)を発表した地震のうち、気象庁一元化震源(気象庁が関係機関から収集した地震データ)のマグニチュードが5.5以上となった地震です。さらに緊急地震速報の警報発表をした警報発表報、マグニチュードが最大になったマグニチュード最大報、最終報の発表タイミングによる比較も行われました。

この結果、これらの式はいずれも60%~80%と実用に耐えるレベルであると評価されました。しかし検討はこの後も進められ、新たに防災科研式と呼ばれる式について改良が加えられた式(防災科研式②)が提案されました。

防災科研式②

防災科研式②
出展 気象庁 長周期地震動予測技術検討ワーキンググループ 第4回
資料1-(2)「距離減衰式を用いた長周期地震動予測に関する検討について」3ページ *PDFファイルです

この式は他の距離減衰式と異なり、直接Svaを求めています。そのような工夫もあり、再度行われた検討では防災科研式②の予想適合度は±1階級の範囲では9割以上となりました。

防災科研式②の予測適合度

防災科研式②の予測適合度
(式はさらに改定が行われ、前後で変わらず9割以上の適合度を示しています)
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会平成28年度報告書」図A-9(38ページ) *PDFファイルです
式の改訂について論文が出されています(文献(6))

このような経緯があり、長周期地震動の予測情報には防災科研式②が用いられることとなりました。ただ他の距離減衰式についても実用のレベルにあり、調査の過程でマグニチュードや震源の取り方など式作成者の想定を超えた利用もしているとのことで、一般的な評価をしているわけではないことに留意する必要があるとされています。

また、震源が150kmより深い地震については予測適合度が低下することが判明しており、これより深い震源の地震については長周期地震動階級を予測しないことが適当である、とされています。しかし過去のそのような地震で観測された長周期地震動階級の最大値は2であり(2015年(平成27年)5月30日に小笠原諸島西方沖で発生した地震(M8.1、682km))、階級3以上を観測した事例はありません。

(4) 多様なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ

多様なニーズとは?

情報検討会の下に設置された予測技術検討WGにおいて、長周期地震動の予測をする方法がまとまりました。検討会では平成24年報告書を発表した第5回以降、予測技術検討WGの検討のフィードバックやそれを受けて取り組むべき情報の発表について検討を重ねてきました。

その後、第10回検討会において長周期地震動の予測情報には2つの枠組みが必要であることが確認されました。その枠組みとは

  1. 警戒・注意を呼びかける予測情報
  2. 多様なニーズに対応するための予測情報

です。前者は気象庁が発表するもので、広く国民に警戒・注意をよびかけるためのものです。その最たるものは何かと言えば、緊急地震速報の発表基準への追加です。そして後者は民間の事業者がその提供の役割を期待される情報という位置付けになります。

長周期地震動の予測情報

長周期地震動の予測情報の枠組み
出展 気象庁 「緊急地震速報の発表基準に長周期地震動階級を追加することに関する説明資料
説明資料」(22ページ) *PDFファイルです

そこで情報検討会では前回の予測技術検討WGに引き続き、新たに多様なニーズに対応するための予測情報検討ワーキンググループを立ち上げ、検討を行うことになりました。

ではその多様なニーズとはどのようなものか?ということですが、画像にもあるように長周期地震動は主に高層建築物に対しての影響が懸念されますから、ビル等にいる人達に対しての情報提供やエレベーターの閉じ込めに対する対応が必要とされることになるでしょう。

つまり、気象庁から出される情報を元に、民間の事業者が個別に管理するビル等についてきめ細かな情報を発信して防災に資することが求められます。情報検討会において行われたデベロッパーや予報事業者に対するヒアリング調査からまとめられた結果から多様なニーズに対応する予測情報という枠組みが得られたことになります。

その背景には高層建築物(消防法では第八条の二で「高さ31mを超える建築物」と規定されており、ここで述べる高層建築物は消防法に準じたものとしています)が国内に5万棟以上あることが挙げられます。

このことは長周期地震動に関する議論開始の背景でもあり、最初のあり方検討会の報告書や情報検討会でも指摘されていましたが、その棟数は2015年(平成27年)時点では、2001年(平成13年)に比べて約2倍に増加しているとのことです。

高層建築物の増加(1)

高層ビルの増加について
出展 気象庁 長周期地震動に関する情報検討会 第10回
資料2「長周期地震動の予測情報のあり方について(案)」8ページ *PDFファイルです

ちなみに上の資料について二つ目のグラフは2015年までのものですが、消防白書の防炎防火対象物の調査を元に作成、とあるので現在閲覧できる白書の分(2008年(平成20年)から最新の2022年(令和4年))のものについて同様に高層建築物の棟数を調べてグラフ化してみました。

高層建築物の増加(2)

具体的には、白書の第1章「火災予防行政の現況-防炎防火対象物数及び防炎物品の使用状況」という表中にある高層建築物の棟数を取り出しました。なおいずれもその年の3月31日現在での数字になっています。

直近で棟数が減少していますが、新型コロナの流行の影響を反映したものでしょうか。またおそらく数字が減少したからといって建物自体が消滅した訳ではないと思いますので高層建築物は長い目で見て増加傾向ということは読み取れるかと思います。

また高層ビルが長周期地震動によって被る影響は、そのビルが立っている地域の地盤やビルの構造だけでなく、固有周期によっても異なってくると考えられます。そのため、ビルの管理業者は長周期地震動のリスクに対してきめ細やかな対策を取ることが求められてきている状況にある、そのように考えられます。

このようなことから本検討会では、次の三点について議論をすることとなりました。

  • 予測情報の利活用方法の検討
  • 予測技術の検討
  • 実証実験の実施

その前提として、長周期地震動が発生してそれが該当する地域・高層ビルに押し寄せる時間とその過程で発表される予測・観測情報のタイミングについて、カテゴリー分けがなされました。

[カテゴリー1] 気象庁が発表する警報・予報
[カテゴリー2] カテゴリー1をもとに事業者等により作成、配信される予測情報
[カテゴリー3] リアルタイムの観測データを利用した事業者による精度の高い揺れの情報

情報のカテゴリー分け

情報のカテゴリー分類
出展 気象庁 多様なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ 第2回

資料1「多様なニーズに対応する予測情報について」5ページ *PDFファイルです

カテゴリーについては文字だけだとイメージが湧きにくいと思いますが、WGのこちらのイメージ図が分かりやすかったのでこれと突き合わせて見ていきます。

地震が発生した後にその規模や震源の距離が割り出され、気象庁によって長周期地震動に関して警報あるいは予報が緊急地震速報として発表されます。これがカテゴリー1であり、長周期地震動が予想される地域では揺れに備える必要が出てきます。

カテゴリー1情報から対象地域に長周期地震動がやって来ることは分かりましたが、その予想階級値は地域の代表的な値としてのものです。そのため、その地域の地盤特性や高層ビル個別の構造や固有周期で揺れが変わってくることが考えられます。そこで民間の予報事業者やデベロッパーなどがよりその地域に絞り込んで予測情報を提供します。これがカテゴリー2になります。

そして地震波が対象地点あるいはビルに達した後に実際の観測データから今後の揺れを予測して発表することがカテゴリー3ということです。図にもある通り、実際に揺れが始まってから情報が出るまでの時間には差があり、これが猶予時間、すなわちリードタイムということになってこの間にビル管理者はエレベータの停止や館内放送での呼びかけが可能になるでしょう。またビル利用者はただちに身を守るための行動を取るといったことができる時間に繋がることが期待されます。

予測情報はどのように利活用?

予測情報をカテゴリー分けしたことで、それぞれの段階においてどのように情報を利活用すべきかが検討できるようになりました。その後WG委員に行ったアンケート調査も含めて次のような利活用が想定されています。

利活用方法の検討結果

3つのカテゴリーの予測情報の利用環境・分野ごとの利活用策・留意点
出展 気象庁 多様なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ報告書」 12ページ *PDFファイルです

この表は予測情報の種類がどのような所に利用できるかがよく表されていると思います。特にこの中でビル等の在館者への通知は非常に重要な部分だと思います。カテゴリー1の情報で警戒を呼び掛けリードタイムを稼ぎ、揺れが来た後はカテゴリー2と3の情報による詳しいフォローアップを行うことがビル内にいる人達の不安軽減に繋がるでしょう。

先ほど、高層ビル内で長周期地震動を経験した人へのアンケート結果を示しておりましたが、長周期地震動の揺れは船に乗っているようだという証言もありました。そのような揺れが起きているであろうカテゴリー3の段階においては、減衰したとか、いつごろ減衰しますという情報が出ることで安心感に繋がることを期待するコメントが議事要旨にはありました。

そして高層ビル内の階層移動手段はエレベーターであるため、この点においても重要な情報になります。地震時にエレベーターを制御するシステムは法令によって設置が義務化されていますが、その動作は地震動を感知してからになります。

もし予測情報が出されれば揺れが来る前にエレベーターの使用を制限したりかごを移動したりすることでエレベーターの損傷を抑えるとともに、早い段階での復旧も期待できるでしょう。ただ留意点にもありますようにこれはビル個別の案件になってきますから、今後の予測技術開発が待たれるところではないでしょうか。

そのようなことから、特にカテゴリー2、3においては先に情報検討会で定めた予測情報に用いる距離減衰式のようにカテゴリーに特化した予測技術を検討する必要が出てきます。WGではそのような技術の体系整理が行われ、実例も報告されました。

カテゴリー2、3の予測技術の整理

カテゴリー2、3の予測技術
出展 気象庁 多様なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ報告書」 23ページ *PDFファイルです

この部分はかなり専門的な内容でしたので表を示すのみにします。また実例報告では高層ビルの長周期地震動対策の取り組みとして、独自に制振装置や地震動の検知システムを開発したりといった先駆的な取り組み例などが紹介されておりました。

実証実験も実施

予測情報の枠組みができたことで、実際に予測情報を配信して利用する実証実験も行われました。実験は気象庁と防災科研による共同実験で、気象庁が予測情報を提供し、防災科研が持っている観測地点データの観測値を合わせてデータの配信を行うというもので、次の二つが実施されました。

  1. 長周期地震動モニタ実験
  2. 機械処理可能な予測結果を活用した実験
実証実験のイメージ

実証実験のイメージ(右上が2番、右下が1番に対応します)
出展 気象庁 多様なニーズに対応する予測情報検討ワーキンググループ報告書」 34ページ *PDFファイルです

最初の長周期地震動モニタの実験ですが、これは日本地図上に長周期地震動階級の予測情報がリアルタイムに表示される、いわば地震を見ることができるWebサービスです。

実証実験は合わせて三回行われ(WG報告書には第I期、第II期の開催が記載されていますが、その後第III期まで行われています)、アンケートをフィードバックしてバージョンアップが行われ、2020年(令和2年)10月8日より一般公開されました。強震モニタの画面が同時に表示されるようになったりと非常に使い勝手が良くなっていると思います。実際にその例を見てみましょう。

長周期地震動モニタ(1)
長周期地震動モニタの例 (1) 2023/6/11 18:55:00
長周期地震動モニタ(2)
長周期地震動モニタの例 (2) 2023/6/11 18:55:05
長周期地震動モニタ(3)
長周期地震動モニタの例 (3) 2023/6/11 18:56:30
長周期地震動モニタ(4)
長周期地震動モニタの例 (4) 2023/6/11 19:01:00

こちらは今年2023年(令和5年)6月11日 18時54分44秒頃に発生した北海道苫小牧沖の深さ136kmを震源としたマグニチュード6.2の地震で、最大震度5弱を千歳市、厚真町、浦河町で観測しています。

平時は(1)のように青色の点がほとんどで静穏なのですが、(2)では地震の発生によって強震モニタ部分(地表と地中がありますが、通常は地表に設定されています)に揺れの大きさに対応した黄色の点が出現しています。

そして(3)では揺れが本州に到達するほど広がり、右枠に緊急地震速報と予測される最大の長周期地震動階級が表示されています。この事例では階級1が予想されていました。

発震から6分ほどが経過した(4)では、緊急地震速報の予報円を示す赤線が九州を通過しています。この間、右側の強震モニタ画面では緑色の部分が京都あたりまで現れましたが減衰し、ほとんどの部分が青色に戻っています。

一方で、左の長周期地震動モニタでは緑色の部分が九州地方にまで及んでいることが見て取れます。前回の記事で長周期地震動の特徴を解説しましたが、その中に規模の大きな地震ほど強くなること、遠くまで伝わりやすいという特徴がありました。この事例においても長周期地震動と通常の地震動との違いが出ているかと思います。ちなみにモニタ上にある長周期地震動階級のボックスから周期ごと(2秒台など)のモニタに切り替えることも可能です。

このように長周期地震動モニタは地震を見ることができるという点において大変に優れたものであると思います。通常の地震動に特化した強震モニタもあり、こちらについては解説記事がありますのでぜひ合わせてご覧ください。

続いて機械処理可能な予測結果を活用した実験ですが、こちらは防災科研が開発したネットワークを通じてデータ通信するための方法(WebAPIという手法です)を利用して実験参加者が予測情報を入手し、長周期地震動を感知するとエレベータが停止するシステムの運用テストなどが行われました。

ただ、実験期間中に大きな長周期地震動階級が観測されるような地震は発生しなかったため、最終的な確認はできない事例もありました。

一方で東北地方太平洋沖地震のデータを再現して提供された予測情報と、当時高層ビルの地表面で実際に記録されたデータとの比較が行われ、独自にビルで運用している長周期地震動予測システム(震災後に開発)が階級情報を発報するよりも、約50秒早く同じ階級値の予測が得られたということでした。実際に地震が発生した際にさらにこれだけ対策に要する時間を稼ぐことができれば、被害の軽減に大きな期待が持てると思います。

一連の実証実験の成果は気象庁のこちらのページでも紹介されており、これによって2020年(令和2年)9月に気象業務法施行規則が改正され、民間事業者による長周期地震動の予測が可能になりました。先の長周期地震動モニタを提供する防災科研も予報業務許可を受けた上で一般公開がなされています。

長周期地震動の予報業務許可について

長周期地震動の予報業務許可について
出展 気象庁 「長周期地震動の予測情報に関する実証実験
・報告会
気象庁説明資料 15ページ *PDFファイルです

こちらが根拠条文です。イにおいてその他の地震動の状況というのが長周期地震動階級表であり、ロの気象庁長官が定める計算方法に従えば予報業務が行えるということです。そして告示とありますが、これは気象庁告示のことで、インターネット版官報によれば令和2年7月27日の号外第154号で出されています。

前者は気象庁告示第六号、後者は同第七号です。ただこの部分は閲覧できないようです。官報の検索サイト経由で一部内容は確認できましたが、個人的にはこの部分は今までの長周期地震動の取り組みの結実を示す重要なものだと思いますので、誰もが閲覧できるようにしてほしいと思いました。

以上のような取り組みを経て、予測技術検討WGの報告書が2019年(平成31年)3月12日に公表されました。

長周期地震動の情報提供体制は?

最後に、今までの議論から気象庁においてどのように情報提供の体制が整備されたかを見ていきましょう。その体制は、(1)予測情報(2)観測情報に大別できるかと思いますが、実際に次のような運用が開始されました。

(1) 長周期地震動に関する予測情報
→緊急地震速報の発表基準への追加


(2) 長周期地震動に関する観測情報
→長周期地震動の観測情報のWebページ配信、オンライン配信

(1)については前回の記事の冒頭で触れましたので割愛し、(2)について見ていきます。

観測情報をWebとオンラインで配信

予測情報検討WGでも見てきたように、長周期地震動の特徴から、その情報は気象庁から発表されるものだけではなく、個別の高層ビルに対して民間事業者から出される情報も重要になってきます。となるとその大元のデータ情報としてこの地域に長周期地震動階級4が予想される、だけでは足りないことになります。

そのため情報検討会においても波形データや応答スペクトルのグラフなどより詳しいデータの提供が民間事業者から求められていました。そうしたいわゆるPULL型情報を提供する場として運用が始まったのが長周期地震動の観測情報です。

長周期地震動の観測結果(1)
長周期地震動の観測情報 (1)
出展 気象庁「長周期地震動の観測結果
長周期地震動の観測結果(2)
長周期地震動の観測情報 (2)
出展 気象庁「長周期地震動の観測結果

実は前回の記事でも少し登場していましたが、その全体像はこのようになっています。そしてこの地震は先ほど長周期地震動モニタの所で取り上げた今年6月の苫小牧沖のものです。

データは新千歳空港の観測点によるもので、震度長周期地震動階級、さらに応答スペクトル(減衰定数の変更も可能)や地震波形が表示されているだけでなく、なんとデータファイルのダウンロードまでも行えるようになっています。スペクトルにカーソルを近付けると値が表示されたりと、かなり充実した内容になっています。

また長周期地震動階級は絶対速度応答スペクトルの最大値が各階級のしきい値に達しているかどうかで判断されますが、画像では水平動合成HZの最大値と思われる部分にカーソルを合わせて値を出してあります。

ここの座標は、固有周期が1.8秒でSvaが8.9426cm/sと読めます。そして横軸に走っている青色の線と黄色の線がしきい値のライン(長周期地震動解説表によれば、それぞれ階級1・5cm/s階級2・15cm/s)ということですから、座標はこれらの間にありしたがって全体の長周期地震動階級は1だということになります。

このように高密度な情報が詰まった観測情報は、2013年(平成25年)3月28日から試験運用が始まり、その後利用アンケート調査などを経てレイアウトや機能の改善が行われ、2019年(令和元年)3月19日から本運用(第14回情報検討会・資料1-1)となりました。また地震発生後からおおむね20分後に情報が発表されていましたが、今年2023年(令和5年)2月1日から10分程度と迅速化されています。

そしてもう一つは観測情報のオンライン配信であり、先の観測結果発表の迅速化と同じ2月から開始されています(おそらく1日からだとは思いますが、先のリンクには2月としかありませんでしたので日付の明記は避けます)。

気象庁では気象情報や地震情報など、さまざまな防災情報を色々な形で配信しています。私たちがインターネットやテレビなどで確認する気象情報や天気図なども気象庁が配信したものを受信側が受け取り、それを適宜加工したものが放送されたりしているということですね。

そのようなデータには電文形式と呼ばれるものがあります。これは気象庁の定義によれば

個別の気象情報について、一通単位の電報的な情報を示す。

出展 気象庁防災情報XMLフォーマット 技術資料 「用語定義(表4)*PDFファイルです

とあります。電報的な情報、ということですが、その中身がこちらです。

<entry>
 <title>警報級の可能性(明後日以降)</title>
 <id>https://www.data.jma.go.jp/developer/xml/data/20231004074447_0_VPFW60_150000.xml</id>
 <updated>2023-10-04T07:44:44Z</updated>
 <author>
  <name>新潟地方気象台</name>
 </author>
 <link type="application/xml" href="https://www.data.jma.go.jp/developer/xml/data/20231004074447_0_VPFW60_150000.xml"/>
 <content type="text">【新潟県警報級の可能性(明後日以降)】</content>
</entry>

出展 「気象庁気象庁防災情報XMLフォーマット形式電文の公開(PULL型)」高頻度フィード(定時)から一部を抜粋

上は一部を抜き出したものですが、実際には山かっこで括られた文字列がぞろぞろと続いています。山かっこで括られた文字列をタグと呼び、タグと文字列とタグで囲まれた一かたまりを要素と呼んで意味を持たせています。そしてこのような文書の書き方のルールはXML(拡張可能なマーク付け言語)と呼ばれるものであり、気象庁で配信する電文はすべてXML形式で統一されています。

同様に緊急地震速報(警報)なども電文で配信されているのですが、今般緊急地震速報(警報)に長周期地震動階級の予測値等が様式(フォーマット)に追加されたり、新たに長周期地震動に関する観測情報が新電文として運用開始されています。

まとめです

長周期地震動階級について、二回に分けてその内容を見てきました。前回はしっかりと押さえておきたい部分、今回はその背景についてより詳しいポイントを検討会の資料などを示しながら述べてきましたが、記事に着手した時に想定した長さを大きく超える構成になってしまいました。ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

震度階級とは異なる全く新しい地震情報である長周期地震動階級が決められるまでに要した8年の月日には、まだ記事で書き尽くせないほどの調査研究や議論が詰まっていると思います。そして長周期地震動階級や観測の正式な運用はすでに開始されていますから、今後は周知徹底と実運用で得られた課題の抽出と改善が重要になってくるでしょう。

日本は地震大国であり、またいつ大きな地震が発生してその影響を被っても不思議ではありません。その中には通常の地震動だけではなく長周期地震動も含まれていることに用心し、さらに防災への意識を高めていきましょう。


(記事中の参考文献です。前回からの通し番号としてあります。ありがとうございました。)

  1. アンケート調査と強震記録に基づく2011年東北地方太平洋沖地震時における超高層集合住宅の室内被害ー不安度と行動難度および家具の転倒率の検討ー
    肥田剛典,永野正行, 日本建築学会構造系論文集(第77巻(677号)), 2012年, pp.1065-1072
    地震の揺れによる人の行動の不安や行動の難しさを5段階の指標で表し、どれくらいの速度や加速度が加わると行動が難しくなったり家具が転倒し出すか、といった調査の結果がまとめられています。検討会報告には本記事で取り上げた図の他にも最大速度と行動難度および家具の転倒率の関係を調べたグラフ(図10)も参考資料として掲載されています。
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  2. GROUND MOTION PREDICTION EQUATIONS FOR ABSOLUTE VELOCITY RESPONSE SPECTRA(1-10 S」IN JAPAN FOR EARTHQUAKE EARLY WARNING
    Yadab P.DHAKAL 他, 日本地震工学会論文集(15巻6号), 2015年, pp.91-111
    長周期地震動の予測技術の根拠となる数式(防災科研式②)について書かれた論文です。全編英語ですのでちょっと内容が把握できておりませんが、記録として留めておきます。
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